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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)10313号 判決 1969年8月04日

原告 遠藤寛

右訴訟代理人弁護士 水野東太郎

同 荒井秀夫

同 上村勉

被告 横尾矗

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 黒田隆雄

主文

一  被告横尾矗は、原告に対し、別紙第一目録記載の建物を収去して別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四二年五月二日から土地明渡しずみに至るまで一ヶ月金二、七二〇円の割合による金員の支払いをせよ。

二  原告の被告横尾矗に対する請求のうち、前項の限度を超える部分はこれを棄却する。

三  被告横尾純義は原告に対し、別紙第一目録の記載の建物から退去して、別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四二年一〇月八日から右土地明渡しずみに至るまで、一ヶ月金二、七二〇円の割合による金員の支払をせよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

(原告)

一、被告横尾矗は原告に対し、別紙第一目録記載の建物を収去して別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ昭和四二年五月一日から右明渡しずみにいたるまで一か月金二、七二〇円の割合による金員を支払え。

二、被告横尾純義は原告に対し、別紙第一目録記載の建物から退去して別紙第二目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和四二年一〇月八日から右明渡しずみにいたるまで、一か月金二、七二〇円の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

原告の請求を棄却する、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

第二、請求原因

一、原告は昭和二二年五月一日、被告横尾矗(以下単に被告矗という)の先代横尾純英に対し、別紙第二目録記載の土地を普通建物所有を目的とし、期間二〇年と定めて、賃貸して引渡した。

二、右純英は昭和二三年頃、別紙第一目録記載の建物を建てた。その後、右純英は死亡し、被告矗が右建物所有権とその敷地の前記賃借権を単独相続して取得した。

三、(1) 原告は被告矗に対して、二〇年の期間満了の翌日である昭和四二年五月二日書面で同被告の土地の使用継続に対して異議を述べ、同書面はその頃、同被告に到達した。したがって、本件賃貸借は、同年四月三〇日に終了した。

(2) 右の異議申述には、次のような正当事由がある。

(原告側の事情)

訴外源六の子遠藤乾二は昭和一九年三月死亡し、その子である(源六の孫に当る)原告遠藤寛は居住する家、土地がなく、現在肩書地である東京都武蔵野市吉祥寺本町四丁目一九番一四号所在の原告の妻方に仮偶して、そこから東京地方検察庁に勤務し、妻規子、長女敦子、長男譲と共に狭い居室(四畳半、一〇畳、共用台所)に起居している。又、遠藤寛の母親である遠藤波留(五六才)は戦時中の疏開のために実家である鹿児島県阿久根市新町一、一一五番地に移転居住し、現在その母田中千代(八三才)と同居しているのであるが、既に田中千代も余命が少く、かつ居所は人家に遠い田舎で医師も遠方なので、身体の保持すら甚だしく不安である。よって、現段階においては田中千代は鹿児島県下の親戚にあずけ、原告が母波留を引取る必要を生じているのである。そのためには、原告が住宅を建築する必要があり、その敷地として本件土地を必要とするものである。なお、原告は自己の権限の下にある土地としては本件土地を措いて他に皆無である。

(被告側の事情)

被告矗は本件建物を被告横尾純義(以下単に被告純義という)に無償で使用させ、自ら建物及びその敷地である本件土地を必要としていない。

四、被告純義は、別紙第一目録記載の建物に居住して本件土地を占有している。

五、本件土地の昭和四二年五月一日以降の賃料は一か月二、七二〇円を相当とする。

六、よって、原告は、被告矗に対して右賃貸借終了を理由として、本件建物を収去して本件土地の明渡しと昭和四二年五月一日以降は一か月金二、七二〇円の割合による賃料相当の損害金の支払を求め、被告純義に対しては、所有権に基づき本件建物から退去して、本件土地の明渡しと本件訴状送達の翌日である昭和四二年一〇月八日から二、七二〇円の割合による賃料相当の損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因第一項の事実のうち、賃貸人が原告であることを否認し、その余の事実を認める。賃貸人は原告の祖父遠藤源六である。

二、第二項は認める。

三、同第三項については、(1)の事実のうち、被告矗は昭和四二年五月二日付の書面を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実は否認する。なお、被告側の本件土地を必要とする事情は次のとおりである。

現在本件建物には、被告純義とその妻、次女、長男の四人が居住している。被告純義は東京淀橋青果株式会社に勤務しているが、本件建物から退去して本件土地を明渡すときは、一八年に及ぶ生活の本拠を失い、生計も極めて困難に陥る。被告矗は、現在では勤務の関係で館山ユースホステルに住込んでいるが、将来は本件建物で生活することになるのであって、本件建物を収去して本件土地を明渡しするときは、同様に生活の本拠を失うことになるのである。

原告側の本件土地を必要としない事情は次のとおりである。原告の祖父遠藤源六は、本件土地の界隈に数千坪の土地を所有する大地主であって、その一部には数棟のアパートを所有しており、たま六〇坪程度の有料駐車場を所有している。原告が自己の住居を建てたいならば、祖父源六からその所有地の一部を借受けて使用すれば足りるのであり、しかも、それは極めて容易なことである。訴外遠藤源六は昭和四一年一〇月ごろ被告純義に対し、引き続き本件土地を使用したいならば更新料として金二四〇万円を支払うよう要求したし、また本件土地以外の賃貸地についても明渡しを要求している。これらのことは、原告に、仮に住居建築の必要があるとしても、必ずしも本件土地を使用する必要のないことの証左である。

四、同第四項は認める。

五、同第五項は認める。

第四、被告純義の抗弁

被告純義は亡純英の実弟であって、純英の死亡当時千葉に居住していたが、親類縁者から被告矗(当時一一才)訴外武機(当時八才)の二人の遺児の扶養を懇望され、昭和二五年、千葉を引き払って一家のもの全部が本件建物に転居した。以来本件建物に居住して右二児を扶養し、かつ本件建物を管理してきたので、本件土地を占有する権原を有する。

第五、抗弁に対する原告の答弁。すべて否認する。

第六、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告主張の請求原因事実のうち、本件賃貸借契約締結時の賃貸人が誰れであったかを、まず判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、

原告の祖父源六は、昭和一九年以前に長男源太郎と次男乾二に対し、別紙図面イロを結ぶ線を境とし、その西側の土地を乾二に、東側の土地を源太郎に贈与したこと、その後、昭和一九年頃、乾二は死亡したので、右乾二所有の土地は原告寛が相続したこと、この頃から源六は孫である原告寛のため本件係争地(別紙第二目録記載の土地)を含む右土地を管理して来たのであるが、昭和二二年五月一日、原告寛を代理して、本件係争地を被告矗の亡父横尾純英に原告主張どおりの約定で賃貸したこと、その後も源六は原告寛のために同人所有地を管理し、同人に代って、被告らより賃料を受領してきたこと、

等の経過を認めるに十分で、本件係争地の所有名義が現在もなお源六名義になっていることは右認定の支障とはならず、その他右認定を左右するに足る証拠はない。

しこうして、賃借人横尾純英が本件係争地上に本件建物(別紙第一目録記載の建物)を建築所有していたが、同人の死亡により、被告矗が本件建物とその敷地の賃借権を承継したことについては、弁論の全趣旨に徴して当事者間に争いがない。

以上の認定によれば、原告と被告矗間の本件係争地の賃貸借契約における約定期間は、昭和四二年五月一日の経過によって満了したことが明らかである。

二、原告が期間満了後の土地使用継続に対し、昭和四二年五月二日付をもって、被告矗に対し異議を述べたことは当事者間に争いがない。そこで、原告の異議申述につき正当事由があるかどうかの点につき考える。原告の土地使用の必要性については、≪証拠省略≫を総合すると、この点に関する原告主張事実はすべて認めることができる。他方賃借人である被告矗の事情について考える。≪証拠省略≫によると、被告矗は、父純英が建築した本件建物に居住していたが、同被告が小学六年生であった昭和二四年一二月に同被告の両親が相次いで死亡し、その後まもなく、同被告を養育するため、純英の弟であり、被告矗には伯父にあたる被告純義は家族とともに本件建物に移住し被告矗は被告純義によって十七、八才の頃(昭和三〇年か三一年頃)まで育てられて来たこと、被告矗は、その後は住込みで勤めたりして、昭和三六年頃までは、本件建物には立ち戻らず、昭和三六年頃寮に住込むようになってからは、休暇の折には、時折立戻ることがあったこと、現在は千葉県館山市の公営宿泊施設の管理人として住込みで勤務し、まだ独身であること、同被告は、現在の心境として、現在のところは、仕事でも変らぬかぎりは、仕事の都合上も本件建物に帰って住む積りはない、と述べていること、本件建物には被告純義を含めその家族四人だけが居住していること、

等の事実を認めることができる。

賃借人である被告矗側の事情が右のとおりであるからには、原告の異議申述には、特段の事情がないかぎり、原告側の自己使用の必要と相俟って、いわゆる正当の事由が充足されているものと認められる。

三、ただ、ここで問題となるのは、被告矗の伯父にあたる被告純義とその家族の居住権をどう考えるべきかである。被告純義は、前段認定のように、幼少の折被告矗の両親が相ついで死亡したため、昭和二五年二月に千葉の借家から引揚げて、本件家屋に移転して来たものである。このような動機に鑑みるときは、同被告は土地賃借人である被告矗が成人し、一人前になるまでは、賃借人である被告矗の家族と同視して土地使用権があるものといえる。したがって、もし、被告矗がなお幼少で養育の必要等がある期間に、賃貸期間が満了した場合には、正当事由の判定については、被告純義の経済的家庭的事情もまた考慮されるべき事情といえる。しかし、賃借人である被告矗が成人し、三〇才を超えた今日においては、被告純義の側に存する立退きの経済的な困難性(この点についても当裁判所は一応慎重な審理を遂げ、いざ立退きするとなると、同被告には気の毒であることは分ったが、同時にその困難性がとくに異常に大きいものではないことも分った)は、正当事由の判定には斟酌することができないものと考える。つまり、被告純義は、現在では、賃借人被告矗の妻子などと同列には考えることができないのである。もし、このように考えないとすると、不当な結果が生ずる。なんとなれば、もし、これを斟酌すると、土地賃借人およびその家族以外の第三者に生ずる事情は、元来賃貸人としては予め予測できないことがらであるのにかかわらず、かかる事情が斟酌されて正当事由が否定される場合もありうることになり、賃貸人にとって迷惑至極な結果となる。しかも、借地法の正当事由は、借家法の正当事由とは趣を異にし、借家の場合は裁判でそれが否定されても、もし、その後借家人側の経済事情の好転や、家主側の困窮の増大によって、忽ち家主に正当事由が生じ、僅か一年または二年の後でも、解約申入れが認められる可能性があるのに反し、借地の場合においては、一旦それが否定されると、その後二〇年間はいかに双方の事情が変遷しても、地主には絶対に解約権がないものと定められているのである。したがって、被告純義の立退きの経済的困難性は気の毒ではあるが、法律上はこの際、看過しなければならない。

以上説示のとおり、原告が昭和四二年五月二日付をもってなした、土地使用継続に対する異議には正当事由があるので、これに更新を阻止する効力があるものと認めるべきである。よって、本件土地の賃貸借は昭和四二年五月一日の経過とともに完全に終了したものといえる。

四、以上の認定説示によれば、賃貸借契約の終了を理由とする被告矗に対する建物収去、土地明渡の請求、ならびに所有権を理由とする被告純義に対する建物立退、土地明渡の請求は理由がある。

また、損害金の請求については、被告矗は、原告に対し、契約終了の翌日である昭和四二年五月二日から建物を収去して土地明渡が完了するまでの間、土地の賃料相当額であることにつき争いのない月額金二、七二〇円の割合による金員を支払うべき義務がある。よって、原告の被告矗に対する金員請求は、右限度において、理由があり、右限度を超える部分は失当である。

五、次に、被告純義に対する金員請求につき考えるに、同被告は被告矗との縁故関係によって、被告矗の所有する本件建物に居住することによって、反射的に本件土地を占有している者であるが、かかる場合は、一般論として、土地所有者が土地の使用収益を妨げられているのは、建物所有者が当該土地上に建物を所有しているがために然るものというべきであって建物居住者の占有は土地所有者の土地の使用収益不能という事実に対しては、相当因果関係を認めるのは妥当ではない、と考えられる。これは一般論である。しかし、本件においては、前段認定の事実と被告純義の本人尋問の結果に徴すると、土地の賃料などは、被告純義において原告の管理人源六に納め、外形的には、同被告があたかも土地賃借人であるかのように源六と応接しており、このことは本件の賃貸借が終了後においても同様であることが認められる。したがって、本件の場合は原告の土地使用収益の不能ということについては、被告純義の建物占有の事実もあずかって力あるものというべきである。そこで、不真正連帯債務として、被告矗のほか被告純義に対しても、被告矗が負担すると同一の損害賠償義務を認めるのを相当とする。したがって、原告の被告純義に対する金員請求はすべて理由がある。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を適用し、主文のとおり判決する。なお、原告は仮執行の宣言を求めているが、その必要性に乏しいので、その宣言はしないこととした。

(裁判官 伊東秀郎)

<以下省略>

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